2014/03/28

第13回国際チベット学会参加記(岩尾一史)

2013年7月、ウランバートルで開催された第13回国際チベット学会(International Association for Tibetan Studies)に参加して来ました。通称IATSです。私は「アイエイティーエス」と呼んでいたのですが、どうやら「イアッツ」と呼ぶ人の方が多いようです!

今回は7月21日から27日、一週間の日程でした。この学会は回を重ねるごとに参加者が増えており、今回はついに600人を超えました。こうなると、大きなお祭りのようです。主催側の負担は相当なものでしょう。



参加する研究者の分野も多様で、仏教学に代表される文献学だけでなく、言語学、社会学、文化人類学など多岐にわたります。今回はさらにモンゴル学も含まれますからなおさらです。プログラムを見れば、一人で全てのパネルを周るのは不可能なことは一目瞭然です1。 各発表内容をそれぞれ紹介するのは物理的にも能力的にも無理なのですが、若干感想めいたものだけを以下に記しておきます。

この学会は通常3年に1回、開催地を移動しつつ開かれます。第1回目が開催されたのが1977年で、それ以来今回で13回目というわけです。ただし1回目の会議は元々Seminar of Young Tibetologistsという名でスタートしており、1979年のオックスフォードでの会議の際にInternational Association for Tibetan Studiesと名付けられ、遡って1回目が認定されることになりました。遡及して認定するところは、なんだか化身ラマ制度とも似てますね。

ちなみに、歴代の開催地は

(1)チューリヒ、(2)オックスフォード、(3)コロンビア、(4)ミュンヘン、(5)成田山(日本!)、(6)ファーゲルネス、(7)グラーツ、(8)ブルーミントン、(9)ライデン、(10)オックスフォード(2回目)、(11)ボン、(12)ヴァンクーヴァー、(13)ウランバートル

です2。圧倒的に欧米、それもヨーロッパでの開催が多く、アジアでの開催は第5回目の日本と今回のウランヴァートルで、併せて2回のみです。このことから、チベット学の本場はやはりヨーロッパなのだ、とも言うことが出来るのかもしれませんが、主催者の出身地や会議開催の便を考えると致し方ないのかもしれませんね。実際のところ、バンコク開催の可能性も検討されたことがあるはずですが、結局うまくいかなかったようです。
ただこの点に関して、開会式、閉会式のスピーチ両方にて何度か繰り返し紹介されたエピソードと、その紹介のされ方が、私には非常に興味深かったです。
13世紀、ウィリアム・ルブルックというフランシスコ会の修道士がいました。彼はフランスからモンゴル帝国の首都であったカラコルムに派遣され、当時のモンゴル皇帝モンケに拝謁しました。また、その折にチベット仏教僧との対話を果たしています。1254年のことです。それ以来、「我々」とチベットとは対話を続け、約750年後、「我々」はモンゴルに再度やってきた、ただし今回は国際チベット学会として。
というのです。

チベットと西洋の対話という視点からすると、今回のウランバートル開催の学会は確かに記念碑的な出来事ということなのでしょう。しかし同時に、このような筋書きはそのまま、西洋こそがチベット研究のメインストリームであり、この学会もまたその流れの中に位置づけられる、という考えを明晰に表明しているように思えます。

西洋が実際にチベット学の本場であるのかどうか、研究分野や立場によって異なるのは間違いありません。しかし、上記のエピソードが繰り返し引用されたことが図らずも浮き彫りにしたのは、少なくとも現在学会を牽引する人々の中には、チベット学とは西洋とチベットとの対話である、という認識があるということなのでしょう。

このような認識は通奏低音のようにチベット学の底に流れており、僕みたいにぼんやりとチベット研究に携わっている人間には聞こえていないのですが、時折ひょっこりと水面にまで顔を出してきて、漫然とスピーチを聞いていてハッとさせられることになります。
そうなると、我々日本人のチベット研究における立ち位置はどうなるのでしょうね?同じアジア人とは言え、チベット側に立つのは絶対違うだろうし、また西洋人のルブルックの側に立つのも何だか妙に落ち着きません。日本人だからどうこうなどと言っていても仕方ないのですが、何とも言えない微妙な居心地の悪さがとても気になりました。

次回の学会開催地候補として、フランスかあるいはノルウェーからのオファーがありました。どちらに行くのでしょうか?あるいは別のところに行くのでしょうか?どうやらノルウェーになりそうだという情報もありますが、果たしてどうなることでしょうか。


1 プログラムはココからダウンロードできます。なお、石濱裕美子先生がパネルの題目を日本語化してくださっています(ココ)。
2 歴代の学会は論文集を出版しています(第8回を除く)。ただし、第9回までは学会全体で出版していましたのですが、第10回目以降は各パネル毎に出版ということになりました。The Tibetan & Himalayan Libraryが出版情報をまとめています。



(岩尾一史:yul mtho sa gtsangの記事を一部変更のうえ転載)